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「なあ、今日の昼飯、チュロスにしないか」
会社近くの中華は、角煮炒飯がとにかく絶品で、餃子を付けても850円程度なので今日は完全にそれにしようと決めていた。何故かとてもお腹が空いており、ガッツリいこうと11時くらいから思っていた。
待ちに待った昼休み、早足でオフィスを出ようとすると、同僚の長瀬から声を掛けられた。
最初は聞こえなかったフリをしたが、どうやら聞こえた通りらしい
「おい、待って、チュロスを食べに行こう」
なんてシンプルに嫌な誘いなんだ
「嫌だよ。どこに売ってんだよチュロスなんか」
「隣の駅に、専門店があるんだよ」
周囲に飲食店が無数にあるのに、チュロスの為に1時間しか無い昼休みを電車移動だと……。ありえない。嫌だと断るのだが、長瀬は謎に食い下がる
「いいじゃないかランチにチュロスなんて、貴族みたいで」
「いねえよそんな貴族。嫌だよ夜までもたないし」
「そしたら隣に吉野家があるから、帰りにそこで牛丼も食べればいいじゃん」
「それだと完全にチュロスがいらないだろ」
長瀬は前職がホストという異色の経歴の持ち主だ。思っていたより真面目で、同い年で同じ役職ということもあって仲が良くなり、今では週一で一緒にランチを摂るくらいの関係で、裏地がアロハシャツみたいな花柄のとんでもないスーツを着ている。
「いつもの中華に行こうよ。どうせ可愛い店員がいるとかそんなんだろ?」
「違うんだよ……チュロス屋に、気になる店員がいるんだよ」
「違くないじゃないか」
「それがね、僕とその子は、客と店員の関係なんだよ。4回も通っているのに」
「そうだと思って聞いてたよ」
「俺は今日、客と店員の関係を越えようと思ってる。会話をしたいんだ」
「何を話すの?」
「作戦があって、その店にはスタンプカードがあるから、『スタンプカード作りたいんですけど』って聞こうと思ってるんだ」
客と店員のままじゃないか
”チュロスをおごるから、な?”
すごく引きが弱い言葉で、僕は昼休みの電車に乗ることとなった
「行ってもその子が居るかわからなくない?」
「いや、今日のこの時間はいる。それはわかってるんだ」
「なんでだよ」
「ホスト時代に培ったネットストーカー技術を駆使して、ちょっとね、twitterを特定して、いや、これ以上言うと引かれちゃうから止めておくよ」
「もう引いてるよ。ほぼ全部出たよ」
目的の駅に着き、長瀬はルンルン歩いていた。緊張した様子は一切無い。これが元ホストの経験から来る余裕なのか
「やっぱ元ナンバーワンホストの意地としてね、気になった女は自分のにしたいわけなんですよ」
「どこでナンバーワン張ってたの?」
「所沢」
店の前に着いた。長瀬が「ちょっと待って!!」とか言って俺を止めて、店内を覗き込む
「いたー! あの一つ結びの子!」
長瀬の指の先には、黒髪を束ねた和風な顔の女性が居た。花柄のスーツ着る奴の好みだから勝手にすごいギャルみたいなのを想像していたんで、清楚さに驚いた。前職で派手な女性と沢山関わってきた反動とかでそうなるのでしょうか。たまに無性に黒ギャルのAVを見たくなるって言ってる人の心理とかと一緒でしょうか
「先に注文してくれ、俺はスタンプカードを作るから5分くらいかかっちゃうと思う」
絶対そんなにかからないだろと思いながら店内へ。日差しが差し込み、明るく優しい木の雰囲気。シナモンやメイプルの、甘く美味しそうな匂いがする。ちょっとしたイートインスペースもあった。
「いらっしゃいませ!」
長瀬お目当ての子がレジで対応してくれる。ニコニコしていて確かに可愛い。
「これと、これと、あとアイスコーヒーで」
「770円です!」
チュロス2個と飲み物で770円。高いのか安いのかわからないが、長瀬のおごりなので特に料金は見て無かった
「1000円からで」
「230円のお返しです、右の方でお待ち下さい!」
「はい」
「あと、こちらスタンプカードになります。貯まりますとチュロスやドリンクと交換出来ますので、よろしければ!」
おいスタンプカード貰えちゃったぞ。4回行って貰えなかった奴が後ろに並んでるけど貰えちゃったぞ
まじかよみたいな顔をしている長瀬を見ながら、チュロスが出てくるのを待つ。
長瀬は少し上ずった声で、チュロスを注文する
「これと、あとコーヒーで」
「560円です」
「1000円で」
「440円のお返しです、右の方でお待ち下さい」
「……」
「……?」
「……あの」
「はいっ?」
「スタンプカード、作りたいんですが」
「すみません、こちら700円以上のお買上げで1スタンプで……最初から1つスタンプ押されてるんで……」
「えっそうなんですかっ!? じゃあいいです」
「申し訳ございません……」
なにをやってるんだよ
先に席に着いてチュロスを喰らう。おいしい。シナモンの感じがコーヒーに合う。
少し待っていると、元気のない様子で長瀬がやってきた
「お前一回目でスタンプカードまでいくとか……プロかよ……」
「いや、あれは買えよもう1つ、何勝手に気まずくなってるんだよ」
「いらねえよ2個も……チュロスに飽きてるんだよこっちは……なんならこの1つですらいらねえよ……」
「俺は使わないからあげるよ」
僕は長瀬にカードを差し出す
「…………いいのかよ!?」
ずっと大事にしていた宝物を譲り受けたみたいなテンションで長瀬がカードを受け取る。そんな感じで来ないでくれ。逆にいいのかお前はそれで。
女性客しか居ない昼時の騒がしい店内で、スーツの男2人がチュロスを食べる。この感じは、悪くない
「一ヶ月でもう5回目なんだけどさ、俺、あの子にどう思われてるかな」
「チュロスが好きな人と思われてるんじゃないかな」
「それじゃ意味がない! マイナスだ!」
「マイナスではないだろ、いいだろチュロス屋なんだから。でも進展無さ過ぎて来た意味ないからさ、当初の目的通り、何か話しかけてくれよ」
「やるしかねえな……見せてやるよ俺のスキルを」
「レジが空いたら、席を立とう」
「わかった。マキヤはごちそうさまとか言って先に出てくれ、その方が話しかけやすい、印象良くな、言った後はサッと去ってくれ」
「おっけー」
見せてやるとか言ってるわりに注文が細かいなと思いつつレジの様子を伺う
レジの人波が落ち着いた、その一瞬の隙を突いて僕らは席を立ち、トレーを返却する
ちょうど立っている、あの店員さんに声をかける
「ごちそうさまでしたー」
「あっありがとうございましたー!」
軽く会釈をして、僕は出口に向かう
自動ドアが開く、僕の後ろに長瀬がいる。さあ、気の利いた一言でいい、店員と客の関係から脱却しよう
外に出る。日差しが眩しい。長瀬が話しかけた声が、僕の背中から響く
「あれっ? なんか最近、よく見ますね」
偶然じゃねえよ
お前が通ってるんだよ
戻り時間がギリギリだったので、早足で駅に向かう
「なんだったんだ」
「俺いつもあんな感じでキャッチしてたんだけどなー」
「ここからどうするんだよ」
「俺どう思われたかな」
「チュロスが好きな変な人」
「マイナスじゃん……」
電車に乗り、一息つく
「スタンプカードが一杯になるのが先か、俺があの子と付き合うのが先か、どっちだと思う?」
「お前は700円以上の注文しないから、カードはあの子と付き合って2人で行くまで貯まらないよ」
「スタンプ貯めれるように、頑張るか……!」
結局、昼礼開始のギリギリくらいの時間になってしまった。
「ギリギリじゃん、やべえぞ!」
「ごめんごめん! 来週はちょっと早めに出よう!」
「何で俺が来週も行くんだよ!」
17:00
空腹の限界だ、やはりチュロスで夜まで保たせるのは無理だ
そんなことを考え、上の空となりながら仕事をしていたら、隣のフロアの長瀬がコンビニ袋をぶら下げてやってきた
「俺もめっちゃ腹減って、さっき外出た時買ってきちゃった。今日マキヤ内勤って言ってたから買えてないと思って」
チキンみたいなものを咥えながら、僕に袋を差し出す
「よかったら食べてくれ、今日はありがとう」
「……ありがとう!」
元を正せばコイツのせいなんだけど、空腹のあまりものすごく嬉しかった
なんだかんだ気が利くしいい奴なんだよなーと思い袋を開くと、チョココロネが入っていた。意味がわからない。チュロス2本が昼飯だった人にチョココロネ買ってくる神経がわからない。しかも俺はチョコ味のチュロスを食べていた。普通しょっぱいもの買うんじゃないか、そういう舌になってるんじゃないか。現にアイツはチキンを食べているじゃないか。許せない
口の中が甘ったるいまま仕事を終え、不完全燃焼感を拭うように中華に入った
角煮炒飯がいつもより味が濃く、美味しく感じられた。パラパラの炒飯とトロトロの角煮のマリアージュが本当に素晴らしい絶品だ
来週、またチュロス食ったら、夜に長瀬も誘おう
俺と行ってスタンプカード一杯になるのが、先かもしれないな
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