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突然、出身国が異なる外国人達の写真を見せられたとする。この人はフランスで、この人がイギリスで、などと正しく当てることが出来るだろうか。自分は出来ない。何となく違うというのはわかるが、フランス、イギリス、アメリカ、イタリアを区別しろなどと言われたらとても出来ない
外国の方にとってもそれは同じで、日本人、中国人、韓国人の容姿が同じに見えるなんて話を聞く。僕らですら区別するのが難しい時もあるのだから、それはそうなんだろう。
僕は間違えられる事はほぼ無いが、インド人っぽい友達と韓国人っぽい友達は、海外で間違えられたりもしたらしい。
少し前に3ヶ月くらい、同僚3人と他の会社に出向していた。初めての出向ということで、とても緊張していたのを覚えている。
行ってしまえばなんてことはなく、出向先の方々とも上手くやっていた
1ヶ月経った時、出向先の支社からジュリアという、ブラジルの女性がやってきた。
ジュリアはモデルかよってくらいの長身にラテン系のガチ美人で、スタイルもアニメキャラみたいなことになってて、とにかく注目の的だった。
日本語もそれなりに出来て、仕事も出来て、他の女性社員とも仲良さそうにしていた。男性社員たちは何ていうか、なんとなく恐れ多くて近づけなかった。生きる世界が違う人みたいな、そんな印象だった。
ある日の喫煙所で、たまたまジュリアと一緒になった。軽く会釈してスマホをいじっていたら、ジュリアがたどたどしい日本語で話しかけてきた。
「いつからこっちに?」
「先月来たばかりですよー」
「お互い、慣れない所は大変ですよね」
「そうですね……!」
と返答したものの、緊張してしまって上手く会話を広げることは出来なかった。出向で来ている自分を気遣ってくれて、いい人だなと思っていた。
それからジュリアは、よく僕に話しかけてくれた。
わりと些細なことでも笑顔でコミュニケーションを取ってくれた。
同僚たちからは「どうやってあの美人と仲良くなったんだ」なんてからかわれたが、僕はずっと違和感を抱いていた。
話しかけられる内容が、どうもズレているのである。
当時の僕はまあまあ髪が長く、パーマをかけていたのだが
「髪、オシャレ出来るようになってよかったね」
と言われた。意味がわからなかった。この人と初対面の時から、髪型は一切変わっていないからだ。
ジュリアは続けて、
「一度坊主になると、みんなそういう髪型にしたくなるのかな?」
と聞いてきた。
「そうかもしれないですね、野球部とか引退したらめっちゃ髪染めたり終わってるパーマかけたりしますし」
なんて返したが、ジュリアの質問はまるで僕が坊主にしたことがあるみたいな言い方だ。自分は人生で坊主頭になったことは一度もない。なんなんだこの人はと、恐怖に近い感情を抱くようになっていた。
ある日、大きい仕事が一段落して、全員で焼肉に行くことになった。出向で来てる自分らも招かれたので、せっかくなので参加させて頂いた。
30人ほどの大人数が参加し、僕ら出向組は大人しく端っこの方の席に座る。大きなお皿に入ったキムチが各テーブルにあったが、自分の位置からは取りづらい所にあった。
別に無ければ無いでかまわないので、飲み物だけを少し口にしながら、近くの人と談笑していた。
そこにジュリアが、キムチのお皿を持ってやってきた。
「マキヤ!お疲れ様!キムチ持ってきたよ!」
お酒のせいかテンションが高い。
ありがたいが、何故持ってきてくれたのだろう。
頭を過ぎていく疑問に、気づかぬふりをした。
僕は甘いお酒を飲んでいたので、キムチをすぐに口にすることは無かったが、ジュリアが不安そうに「食べないの?」と聞いてくる。
そんな風に言われたら食べるしか無い。キムチの辛さを、甘いお酒で消すように嗜んだ。
「キムチ、足りないよね」
ジュリアはそう言って、他のテーブルからキムチを取ってこようとした。
別に足りそうだけどなーと思って見ていたら、ジュリアが信じられない事を口にする。
「マキヤがいっぱいキムチ食べるから分けてあげて」
いらねえよ。なんでだよ。別にそんなに好きじゃねえよ。これから肉とか沢山来るんだよ。
他の社員も不思議そうな反応をしつつ、キムチを分けてくれた。すごく恥ずかしい。なんでだよ。いらないよ。大丈夫だよ。
ジュリアはすごい笑顔で僕に大量のキムチを渡し、隣に座った。
ものすごい美人だ、外国の芸能人と言われても信じてしまうくらいに爆乳の美人だ。こんな人が自分のために動いてくれているというのは喜ぶべきことだ。だけどなんだ、この違和感は、何でずっとズレているんだ。
その後も周りの人らと談笑を続けたが、違和感は拭いきれない。ズレている、何かが、僕にだけ親切にする道理も無い。なんなんだ。僕の脳内の疑問に答えるように、ジュリアは言った。
「マキヤは、2年くらい、兵隊だったんでしょ? 大変だった?」
!?
あまりに心当たりが無い質問が来ると、人間は即座に反応できないんだなと思った。
「え?」と言葉を発したきり、絶句してしまった。意味がわからなすぎた。同僚がものすごく驚いた顔をしている。ちげえよ何でだよ一緒に新卒で入っただろ。
だがようやくわかった。違和感の正体が。こいつは出会った時からずっと、勘違いをしていたのか。
「マキヤは、カンコクの人だから」
ちげえええええええ
千葉で生まれ育ったわあああ
周囲の連中も、「そうなの!?」と反応してくる。
僕が必死に否定していると、ジュリアが怒る。
「どうしてそんな事を言うの、誇りを持ちなよ」
持てない。行ったことも無い。なんでコイツ俺が韓国で徴兵されてると思ってるんだ。
結局その日、同僚たちは信じてくれたが、ジュリアだけは信じてくれず、「日本人を騙る卑怯者」「生まれにプライドを持てない人間」みたいなの認定を下された。悔しい。
その後、会社で顔を合わせるたびに、自分が本当に日本人であると伝えるが、「はいはい」なんて言って、半信半疑から抜け出させられなかった。
日の丸弁当を作ってきてジュリアに見える位置で食べるなど、いじましい努力を続けていたが、結局あまり意味がなかった。おかずとご飯のバランス終わってるなと思った。ほぼ米だあんなの。弁当を名乗るな。
時は流れ
新年が明けて、仕事始めの日。みんなで1時間早く出勤し、近くの神社に初詣に行った。
鳥居をくぐり、たまたま僕が先頭を歩いていたら、急にジュリアに横から押し出された。
「なんだ!?」と思ったら、ジュリアは真面目な顔で言った
「真ん中は、神様が歩く所でしょ!」
いや詳しいな。
これは確かに僕が悪いかもしれないので、反論は出来なかった。ジュリアの中での韓国人認定が進んだ気がした。
境内では甘酒を配っていた。
ジュリアは甘酒が苦手だったらしく、一口飲んで舌を出しながら僕に渡してきた。僕もあまり好きじゃないが、とりあえず飲んだ。
「マキヤは、こういう色のお酒好きだよね」
「てめーそれマッコリだろ絶対」
ジュリアはケタケタ笑っていた。
僕が日本人であると完全に信じてはくれていないのだが、この頃にはこういうやり取りをする事が多くなっていた。
顔を合わせる度に「日本人だよ、ほら、俺、ダルマのハンカチ買ったんだ」「はいはい」みたいな些細な会話。そのやりとりは少し楽しかった。
2月
出向期間が終わり、僕は本社に帰還する事になった。
出向先の皆様は本当にいい人たちで、居酒屋で送別会みたいな物を行ってくれた。
ジュリアは、泣いていた。
「寂しい」なんて言っていた。
こんな海外のスーパー美人が、自分がいなくなる事で泣いている。
現実感がなく、不思議な気持ちになる。
全然信じてくれないからうぜーなと思ってた時期もあったけど、仕事はすごくちゃんとしてたし、気遣いも出来て、いい人だった。
どこで誤解されたのかはわからないけど、誤解されてなかったらこんなに仲良くはなっていなかったのかもしれない。思えば最初は、「同じ海外組」みたいな間違った親近感から、話しかけてくれたんだ。ほとんど不本意な国籍に関する話題だったけど、もっと色々な話してみればよかったなと、今更後悔した。
結構泣いてるジュリアをなだめながら、一緒にお酒を飲んだ。
お酒はあまり好きではないが、飲んでいたらいい気分になった。
ジュリアは整った目鼻立ちで、「顔ぐしゃぐしゃになっちゃう」とか言って、笑ってた。
結構遠くなるので、もう会うことは無いかもしれない。
仕事で来ていただけなのでそんなものかもしれないが、やはり寂しいという気持ちはあった。
最後に、出向先の方々が僕達に向けて寄せ書きをくれた。
サプライズだった。凄く嬉しかった。入社したいと思うくらい、いい会社だった。
ジュリアとは最後に握手をして、サヨナラした。
帰りの新幹線で、寄せ書きの色紙を取り出した。
皆の前では恥ずかしくて読めなかったから、早く見たかった。
色紙を取り出し、真っ先にジュリアの名前を探してしまった。
最後に贈るメッセージ、気になって仕方がなかった。
……!!
ジュリアの名前をみつけた。
彼女は最後に、なんて書いたんだろう。
逸る気持ちを抑えて、色紙に目を通す。
ハングル語で、なんか3行くらい書いてあった。
「だから読めねえよ」
車内で笑ってしまった。
手書きで翻訳出来ないから未だに何て書いてあるかわからない
思い出よりも良い内容ではないだろうから、わからないままでいいかなと思う。
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