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「時間は進んでる。だから今に満足するな。それは衰退だ。」
以前勤めていた営業会社の経営会議で社長がそう言った。
その言葉は各部長、課長陣などで多様な解釈がなされ、クソ課長が働く現場に降ってくる時にはこう変換されていた。
「1件契約取ったくらいで満足するなよ!」
上司であるクソ課長は筆で大きな紙に殴り書き、壁にスローガンを貼った。
・1日1件はマナー
・1日2件で人間
・1日3件以上が本当の社員。
よくまあこんな事が書けるなと思いながらも、この意見自体はわりと賛成だった。
1日0件を達成すると課長にめちゃくちゃ怒鳴られて帰れないルールがあったので、基本的に部下たちは1件を必死に取りにいっていた。
でもみんなが平均1.5件くらい取らないと僕と課長が偉い人にめっちゃ怒鳴られて帰れないので、課長がそう書いた意図も、言った意図もわかる。会社では負が連鎖するのだ。
そして主任である僕は偉い人に怒鳴られた後に、イライラしてる課長からサシで怒鳴られることになるので誰よりも1.5を欲していた。
そんな中、僕は箱根に旅行に行った。連休を取るには上司3人からハンコを貰う必要があるが、課長は絶対捺してくれないので自分と関係の無い上司たちから捺してもらった。
1年ぶりに行く温泉旅行は楽しく、とてもリフレッシュになった。自然に癒され、美味しいものを食べてとても満たされた。
休み明け、お土産買うのを忘れていたので朝にスーパーで18個入りのまんじゅうを買って出社した。
「箱根行ったくらいで満足するなよ!」
課長が意味不明な事を言ってくる。してないよ。僕が休んでいる間に「満足するなよ」は口グセみたいになっていたみたいで、5件取った人にも言っていた。5件取ったならもう満足していいのに。
「お前の部署、満足してそうだな。」
向かいに座っている課長から嫌なメールが届く。僕は課長に聞こえる声量で、部下に呼びかけた。
「俺はみんなが満足しないように、箱根の高級まんじゅうを買ってきた。1件取ったら1つ、このまんじゅうを貰ってくれ!15個あるから空にしてくれ!」
別にまんじゅうに釣られて頑張る人などいない。わかっている。スーパーで買ったよくわからんまんじゅうだし。これは課長の為のパフォーマンス。部下もそれも理解しているので「よっしゃー!」とか言ってくれる。俺は部下に恵まれている。たった一人を除いて。
「それ、こしあんですか?」
浜田だ。
こいつは最も仕事が出来ないし契約も取らないので新人部署の担当者すら貰ってくれず、半年もベテラン揃いの僕の部署に居座ってる。
1件で満足どころか0件でも「今日はいつもより噛まずに話せました!」とか謎の満足をして帰っていく、課長の意図から最も離れた人材。
課長も浜田には手を焼いている。どれだけ怒鳴られても何も感じない強靭なメンタルを持っていて、逆に褒めたりすると調子に乗ってすごいミスとかをしてくる。何事も表面通り受け取り、こちらの意図なんて絶対に察してくれない。下請けの会社に追放したいのに派遣会社との契約でそういうのも出来ず僕に押し付けているのが現状だ。
「満足すんなよ!」
「おい!お前満足してるだろ!」
「もう満足か!」
クソみたいな怒号が響くフロアで仕事をする。1件取るたびに部下がまんじゅうを取っていく。僕も課長に聞こえるように「1つで満足せず、今日は3つくらい食べてくれ!」とか謎の盛り上げ方をする。
そして夕方ごろ、浜田が1件契約を取った。
珍しい。
先月の浜田の月間契約数が4だったことから、どれだけ珍しいことかわかって頂きたい。
「まんじゅう、いいすか?」
浜田がまんじゅうを取りに来る。
正直、僕は嬉しかった。浜田というハンデ込みで平均1.5をやる必要がある僕の部署は、浜田が1件取るだけで結構違ってくるのだ。
「ああ。なんなら今日はもう1個くらい食べてくれ」
「え!?2個くれるんですか?」
「違うよ。もう1件取ってくれって意味だ」
浜田はその場でまんじゅうを食べ、すごい笑顔になった。
「えっ、うまっっっ!すごく美味しいです!!」
そんな美味しいやつじゃないと思うんだけど、浜田は夢中で食べていた。
普段契約が取れない浜田が奇跡的に取れた。その嬉しさがまんじゅうの味を加速させているのかもしれない。
「僕、こんなに美味しいまんじゅう食べたの初めてです!」
スーパーで買った安いまんじゅうをそんなに褒められると思わなかったが、なんかちょっと嬉しかった。
「やったな浜田!」
課長も褒める。「3件以上で本当の社員」とか書くような課長ですら、浜田は1件で褒める。謎の特別扱い。それくらい珍しいことなのだ。
「はい!やりました!」
浜田も嬉しそうな顔で、元気よく返事をする。
「終わりまであと1時間あるからな!まだ満足すんなよー!」
一応、課長もお決まりのセリフを言うことを忘れない。平均1.5件には届きそうだったので少し語尾がゆるくなっていた。
それに対する浜田の返答は、我々の想像を大きく超えていった。
「はい!もっと美味しいおまんじゅうはきっとこの世にあるので、満足せず探していきます!」
違えよ。まんじゅうに対してじゃねえよ。契約件数だよ。
その日の平均件数は1.44だったので僕と課長は部長に怒鳴られた。何故か普段より心にダメージが無く、課長も僕を怒鳴ることなくサッと帰っていった。
きっと僕らはあの時、満足していた。
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