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無間地獄

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「行間を読む」という言葉がある。

文章に書かれていない、言葉として表れていないニュアンスを読み取る事である。

 

僕は本をあまり読まないので行間にすらきっと気づかないが、これは文章だけの話ではない。人との会話でも重要な要素で、発言の微妙なニュアンスや間から、日常的に「空気を読む」なんて事が行われる

別に特別なことではない。みんな、相手の微妙な間とか語尾の下がった感じとかで察して、空気か行間かわからないけど、何かを読んで生きている。

そこに想像の余地が生まれたり、妙な間が笑いを生むこともある。これはきっと美徳なのだ

 

 

しかし、一切行間を読ませてくれない人もいる

 

 

大学生の頃、飲食店でアルバイトをしていた時の事だ。後輩の吉崎と大量の皿を洗っていた。それはとても退屈だった。

 

「暇ですね」

「ああ」

 

後輩との会話も弾まない。俺が眠いから、ちゃんと返答していない。

ただ、彼はそんな事で話すのを辞めるような人間じゃない。

 

「マキヤさん、俺、この前超面白いことあったんですよ。話していいですか?」

 

退屈な洗い場に風が吹く。

 

きっと俺はこの後、彼の面白い話を聞いて笑うんだろう。疲れや、眠気も吹き飛ぶかもしれない。

自分で『超面白い事』と言うくらいだ。きっと貴重で面白い、それこそ奇跡的な体験をしたのかもしれない。

いい。面白い話。緩んでいる夕方にはうってつけだ。ありがたい。

「おー聞きたい!」

自分のテンションも少しだけ上がってしまった。

 

さあ、聞かせてくれ……!

 

「僕、この前大学行こうと思って、朝起きたんですよ」

「うんうん」

「そしたら、なんか中々起きれなくて、そういう朝ってあるじゃないですか」

「あるね」

「まあ起きたんですけど。 そしたら朝ご飯食べるじゃないですか?」

「はい」

「んで食べて、シャワー浴びたんですよ。そっから着替えて、髪を乾かしてたら思い出したんです」

「ほう」

「そういや僕先月自転車盗まれちゃって、駅まで歩いていかなきゃいけないんですよ。だから早めにいつも家出るんですけど、その日、なかなか鍵が見つからなくて」

「うん」

「まあ見つかって、よかったーと思って、家でて、歩いて、駅に着いたんです 」

「……はい」

「そして改札機を出て、電車に乗ったんですよ」

「うん……」

「それで、2回乗り換えて、大学の駅着いて、改札出て、大学に着いたんですよ」

「……」

「で! いつも僕1限から4限まであるんですけど、その日は2限が休講だったんで1時間くらい空いちゃって、だから1時間早く学食に行ったんですよ。 早く学食行くと空いてるじゃないですか? 」

「……そうね」

「だから普通に席取れて、僕は3限の授業で出す課題を進めてたんですよ」

「……よかったね」

「そしたら昼休みに突入して沢山人が来たから、僕も勉強やめて食券買いに行ったんです」

「あの、まだ……」

「それで僕カレー食べたんですよ。 普段はあんまり食べないんですけどその日は何故か食べたくなって。 普段はうどんを食べるんですよ、でも季節的に、うどんじゃないかなって、まあうどんでも良かったんですけどね」

「今が話のどの辺りなのかだけでも……」

「それで、まあ3限出て、4限出て、なんか4限の時教授が出席取るの忘れそうになってマジ焦りました。意味ねー!と思って、でも出席最後にちゃんと取ってくれてよかったですよ」

「……」

「それで予定も無いから帰宅しようと思って、駅行って、真っ直ぐ帰るのもあれだなーと思ってコンビニ寄ったんですよ。あ、聞いてます?」

「はい、すみません」

「つってもコンビニで買うものも無かったんで、少し店内歩いただけで出たんですよ」

「そう……」

「それで改札通って、電車乗って、改札出て、地元の駅に着いたんですよ」

「帰ってきた……」

「何かあった時用の為にSuicaに1000円チャージして、駅を出たんですよ」

「うん……」

「出てすぐのとこに喫煙所あるじゃないですか? 」

「あるね……」

 

「そこに行ったらおじいさんがタバコを何本も落としてたんですよ。めちゃくちゃ面白くないですか?笑」

 

 

 

 

 

なんだったんだ

 

今のがオチなのか、そうなのか、マジか。こんなバリアフリーみたいなオチの為に1日を事細かに聞かせる必要があったのか。朝からスタートする理由を教えてくれ。何故改札通る描写を全部入れるんだ。何で全部説明しちゃうんだ。チャリの鍵のくだりなんだったんだ。俺の反応が鈍ると聞いてるか確認してくるな。

 

何が起きたのかわからず、皿洗いの手を止めてしまった。

そういえば「会話」ではなく彼の「話」を聞くのは初めてかもしれない

もしかしたら他の話もこんな感じなのか……? いや、さすがにそれはないか

 

 

 

 

「……別の話、ある?」

 

 

「ありますよ! 僕がこの前朝起きて……

 

 

(中略)

 

 

「ハムとチーズでトーストにしたかったんですけど、ハムが切れてて……」

 

 

(中略)

 

 

「なんとセブンでお会計がちょうど711円で」

 

 

(中略)

 

 

「教授が言った教科書のページが間違ってて」

 

 

(中略)

 

 

 

「そしたらおじいさんが目薬外しまくってたんですよ。めちゃくちゃ面白くないですか?笑」

 

 

 

 

 

同じだった

 

 

ほとんど同じだった

 

 

また1日の始まりから聞かされた

 

 

どんな話の組み立て方してるんだ。そういうフォーマットになってるのか。なんなんだそのとても無駄な記憶力は。

もうダメだ、疲れてしまった。聞いてられないってこういう事なんだな。学んだ

 

 

「ありがとう、皿を洗おうか」

「そうですね」

「今日暑いなー」

「あ、じゃあ怖い話しますよ」

「怖い話、出来るの?」

「これは自信あります」

「本当に? 本当に出来るの?」

「出来ます」

「……聞かせて下さい」

 

 

 

 

「これは、本当にあった話なんですけど……」

 

 

 

「うん……(ゴクリ)」

 

 

 

 

 

 

僕がこの前朝起きて……」

 

 

 

 

 

 

 

うわあああああああ

 

 

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