テキストでいく

キネマ・ウェルカム

 
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インタビューを受け、素材用の写真のため僕のポーズが指定されたあの瞬間、どうも自然体でいられずに強張った表情とポーズになった。なんともリアリティのない、インタビューなのに斜め上を見つめるわけのわからない画が出来た。

 

 

「……だからさ、普通の日常って映画にならないかな」

大学4年生の時、安居酒屋で下沼の提案を聞いていた。

当時は大学の映画サークルに所属していて、文化祭で上映する為の短編映画を撮る必要があった。

脚本を担当する僕はその提案に少し顔を曇らせたような気がする。

 

「難しいんじゃね、何もない日常じゃ観てられないだろ」

「それはそう。でも、3,4人くらいの日常をそれぞれ撮って、それが少し繋がるとかだったらどう?」

「それは……いいかも」

 

群像劇の提案。そういえばやったことなかったが、好きなジャンルだ。

 

「書けそう?」

「わからん」

「3人分の短いストーリーを0から作ってしかも繋げる、それは難しいと思う。そこで提案があるんだ」

「うん」

「2人分くらいのストーリーは、もうリアルでやるんだ。例えばホント、今日のマキヤの1日を書くんでもいい。残り半分を辻褄を合わせるようなストーリーにするんだ」

それは確かに楽かもしれない。じっくり考えるのは1人分でよくなる。ただ1つの懸念はすぐに浮かぶ。

 

「いやでも今日なんて遅刻して大学行って居酒屋来ただけだよ。めっちゃつまんないよその映像」

「いや、マジでそれでいい。リアルなのがいい。そういうのを作りたいんだ。だいたい予算ないから、大学生メインで撮る必要あるし」

「いやリアルだけどさ、なんかもうちょいあった方がいいと思うわ」

「じゃあもう1つ、提案がある。アクションを起こそう」

「そうだな、何かするか」

「今から風俗に行こう」

 

なんでだ?

 

「嫌だよ行ったこと無いし。お前が風俗大好きなだけだろ」

「風俗行ったことない大学生が風俗に行く、リアルだ」

「いや、遠いよ。リアルからは、お前が風俗大好きなだけだろ」

「俺も当然付き合う。エピソードが使えそうなら混ぜよう」

「お前が風俗大好きなだけだろ」

 

30分後、俺は池袋のピンクサロンにいた。なんでだ。エピソード混ぜるってなんだよ、リアルのくだりなんだったんだよ。予算のくだりどこいったんだよ。どうやって再現するつもりなんだ。

ピンクサロンというのは比較的ライトな風俗店で、ブースで仕切られた店内で30分ほどの性的サービスを受けるお店だ。

 

店内は非常に薄暗く、黄色い灯りだけがぼーっと、受付にいる僕らを照らしていた。

下沼は慣れた様子で受付を2人分済ませ、俺に番号札を渡した。これを持って待合室にいればいいらしい。

緊張する。頭が真っ白に近い。僕はこれからのことをちゃんと書けるだろうか。

待合室ではAKBの曲が爆音で流れていて、どうやって再生してるかわからないんだけど曲の終わりでブツッ!と切れて次の曲に進む。絶対JASRACに金とか払ってないんだろうな。そんなことを考えていたら、下沼が話しかけてきた。

 

「ちなみにオススメなのは女の子が来た瞬間、瞬間だぞ、『かわいいね!』ってすぐに褒めることだ」

「なんで?」

「そう言われるとあっちも悪い気はしないだろ? サービスが良くなったり雑な対応されなくなったりするんだよ」

なるほど、そういうものなのか。7年経った今でも疑ってるんだけど本当なのか。理にかなってる気はするが。

 

「16番の方〜!」

俺の番号が先に呼ばれ、心臓が早鐘を打つ。

下沼が俺に念を押す。

 

「今日のこの事、絶対忘れないようにしよう!」

 

めっちゃ恥ずかしかった。本当にやめてほしかった。すごい気合入れて風俗に来た2人みたいになった。

 

ブースに到着する。緊張で身体が震える。恐怖と期待が入り交じり、こんなに爆音の店内でも心臓の音がわかる。怖い。

ただでさえ緊張しているのに、「すぐにかわいいと言う」などと変なミッションが追加されたことで俺の脳は少しオーバーヒートを起こしていた。もう頭がそのことでいっぱいになる。その感情は確かにリアルかもしれない。

落ち着け、ただ女の子が来た瞬間に「かわいいね」と言うだけだ。イージーだ。出来るはずだ。言ってみせる。心を冷やすんだ。

 

「失礼しまーす。ミキでーす」

来た。心の底からビクッ!とした。暗くて顔が判別できない。いや、どんな顔でも言うんだ。あと1歩近づけ、来た。ミキと名乗った女性の顔が、ぼんやりと照らされる。あ、言わなきゃ。言える。言うんだ。さあ。勇気を出して。かわいいねって言うだけだ。言うんだ。言え。言うぞ。アクションの号令は放たれた。いくぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。」

 

 

 

間違えた。BGMがブツりと途切れた。

言葉は女の子と静寂の中を舞い、着地も出来ずにさまよう。どうしようもなくなった俺は斜め上の方を無言で見つめる。

すごいな、こんなに感情が動くなんて。つまらないと思っていた日々も、ちょっとだけ喜劇みたいだ。

そんなリアルを、映写機はカラカラと映し出すのかな。

 

 

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Comment

  1. あきゃ より:

    ブログ更新楽しみで、久々に読めたのでぜんぶ下ネタなのにエモい気持ちになりました。そしてデリヘル呼んでたことがサークル中にバレた先輩のことも思い出しました。

    ぜんぶ伏線が繋がってるのがすごすぎます、最初の記事で書いてあったキモいこと言われた話は後日公開するのかと思ったら最後の最後で……(笑)なんていえばいいのか分からないのですが、読んでて映画やドラマみたいに再生されるマキヤさんの文章やっぱり好きです。

    • マキヤ より:

      ありがとうございます!たまに更新しますね

      そして理想的な読み方をしてくださってありがとうございます。全部繋げる必要なんかないのにね。繋げた箇所全部に気づく人なんかいないのにね。
      また書くのでよかったら読んでください。いつもいつもありがとうございます。

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