心身同化論

      2017/05/14

 

「俺、最近までさ、入院してたんだ」

森田はそう言って、グラスを傾けた。

 

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驚いた顔をしている僕に、彼は優しい口調で続ける

「あの会社、辞めたんだよ」

そう言って、フッと笑った。

 

 

4年前、就活。毎年自殺者も出る、心が幾度となく折れる辛い時期。

自己分析、合同説明会、SPI、ES、GD、面接……幾度となる襲いかかる試練。僕と森田は戦友とも言える存在だった。友人内でも特に就活に熱心で、積極的に情報を交わす。彼の存在には、大きく助けられた。一緒に同じベクトルで頑張る仲間がいたから、内定が取れたのかもしれない。

 

「この会社、森田のやりたい事に近いんじゃないか? まだエントリー募集してるぞ!」

「マキヤ、◯◯神社でお祈りすると、『勝ち』の価値が上がるらしいぞ!」

「森田来週GDだよな、俺今日行ってきたけど、テーマが『正社員とアルバイトの違い』だったぜ!」

「マキヤ、神奈川の◯◯写真館で証明写真を撮ろう。内定率が90%らしい」

 

就活は心を抉る。森田は完全にオカルトに走り、常に就活カバンに占いの本と面接の本を入れていた。なんだよ勝ちの価値って

 

何度も心が折れた。第一志望に落ちた時は絶望感に包まれた。それでも、諦めず、就活を通して上手くなっていく自己PRとGD能力で、なんとか僕たちはそれぞれ、内定を手に入れることが出来た。今の能力で第一志望もう一回受けたいわと何度も思った

早めに内定を手に入れた僕らは、狂ったように遊んでいた。時たま、どんな社会人になるんだろうな、なんて話もした

その頃は、入社をゴールと捉えていたのかな

 

イメージしていた社会人の姿とのギャップに、新卒はまず苦しむ。どこまでいっても、どんな会社も、「売上-コスト」という図式は変わらない。それすらもよくわかっていないから、間違ったベクトルで働いてしまったり、勝手に苦悩したりする。

ある程度仕事を覚えてくると、人間関係の問題が少しリアルになってくる。上司からの叱責、ミスによる自己嫌悪、残業、会社のことが嫌いになったりする時期もあるかもしれない。それでも給料明細を見て、モチベーションを下げたり上げたりしながら、上手なストレス発散方法や合理的なサボり方を覚えながら、なんとかなんとか船を漕いでいくのだ

 

「なんでやめたんだよ」「もったいない」「頑張れよ」

そんな軽い言葉はとてもかけられない。辞めた、という事実には驚くが、辞める決断は大きな勇気を消費する。あんなに頑張っていた人間が、そこまで追い込まれるくらいに、辛かったのだろう。無理に理由は聞き出す必要はない、語りたければ語るだろう。語りやすい雰囲気を作ってあげることが、大切だ

 

「そっか……仕事、忙しそうだったもんな」

僕は煙草に火を点け、目線を煙で隠すようにした。森田の目を、まっすぐ見れる気がしなかった。僕も何度も辞めかけた、その度に色々考えて、上司とも何度も話し合って、結果、なんとなく仕事を続けているだけの存在だ。偉そうなことは何も言えない。ただ、しっかりと聞くつもりだった

 

「毎日8時から23時くらいまで働いてさ、会社に泊まることもあってね。そんな生活ずっと続けてた。いつも上司に怒鳴られてさ、俺、何のために働いてるんだろうとか考えていたらなんかおかしくなって。結果、胃、やっちゃったんだよね」

「えっ。胃を?」

「ああ。それで入院したんだ。やっぱさ、ストレスって、身体にすっごい影響を与えるみたいなんだよね」

「そうだよな……」

「入院中、ベッドの上でさ、ここまで、こんなになるまで頑張る必要無いよなって思っちゃってさ」

「うん……」

 

森田は少し涙ぐんだ。それを見せないようにだろうか、彼も煙草を咥えた。

僕も、何か彼が前向きになれる事を言えればいいんだが、そんなスキルは無い。だから、全部聞く、全部吐き出してもらう、今日は終電も気にしない。彼の抱えていた、身体に影響を与えるほどの膨大なストレスを、全部吐き出させたいと願った

 

「マキヤも頑張りすぎるなよ。お前も溜め込むタイプなんだから。溜め込むと絶対身体に、悪い影響が出るからな」

 

昔、優しい人間はトップ営業マンにはなれないって、優しい上司が言ってた。彼はバリバリの営業会社は合っていなかったんだろう。だけど、森田に合ってる会社がきっとこの世には沢山ある

 

「ありがとう。ちなみにさ、胃は、何ていう病気になったんだ?」

「ああ。会社行こうと思ったら、急に吐き気がどうしても止まらなくなったから、やばいと思って病院に行ってさ」

「うん……」

「そこで、ウイルス性の胃腸炎だって、言われたんだよ」

 

1 ウイルス性胃腸炎とは

 ウイルス性胃腸炎とは、細菌やウイルスなどの病原体による感染症です。ウイルス感染による胃腸炎が多く、毎年秋から冬にかけて流行します。
2 原因と感染経路
 感染経路は、病原体が付着した手で口に触れることによる感染(接触感染)、汚染された食品を食べることによる感染(経口感染)があります。
二枚貝の経口摂取からの感染が、多く報告されています

 

 

ウイルス性だった

 

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