脈が無い恋愛にガッツリ付き合った結果

      2017/10/04

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【序章 -失った人たち-】

「浮気しない人なら誰でも、殺人鬼とかでも良いから! 誰か紹介してよ!」

 

 

彼氏に浮気されて、めちゃくちゃに酔っ払ったルイさんが、心から吐き出す様に言った。
恋人の浮気がどれだけ彼女の心にダメージを与えたのか、このセリフだけで充分に汲み取れる。浮気しなかったとしても殺人鬼は嫌だろ。

 

その翌日、大学時代の友人である稲田と会った。彼には奇跡的に付き合った彼女が居たはずだったのだが、会った瞬間「今日はヤケ酒だよ!」と言ってきた。

2日連続でヤケ酒に付き合う事ってあるだろうか。
2日酔いすら醒めきらぬ中、勝手に注文された苦手なビールに口を付けた。

 

「なんで別れたんだよ」

「この前、有給使って5日間、彼女とイタリア旅行に行ったんだよ」

「めっちゃいいじゃん」

「でも俺、4泊全部爆睡しちゃって、ツアーで行く予定だったところも俺が間違えてて行けなくて、あと途中でお金無くなって彼女にほとんど立て替えてもらって、飛行機では煙草吸えなくて結構イライラしちゃってて、で、日本に着いた時『一緒に居ても幸せになれる気がしない』っていきなり言われて……くそっ!  ゴクッ

「『くそっ!』じゃないよ完全にお前のせいだよ」

「女ってまじで突然だからなー」

「そんなに突然じゃねえよ。伏線が凄かったよ」

「復縁は無理かなあ」

「無理だと思うけど、連絡取ったの?」

「いや、電話は変なアナウンスが流れるし、LINEはブロックされてるみたいで既読付かなくて、Twitterはフォロー外されて鍵かけられてて、Facebookは友達じゃなくなってた」

「絶対無理だな」

「一回既読ついた、復縁しようみたいな長文がよくなかったのかなあ…」

「どれ、見して」

 

 

「最悪だよ。なんなんだよこれ」

「いや、でも、こっちにも言い分が」

「復縁したいなら書くなよ、食べログポエムみたいな始まり方しやがって」

「いいじゃん! ヤケ酒くらい何も言わず付き合ってよ!」

「いやいいんだけどさ、俺、昨日も地元の友達のヤケ酒に付き合ったんだよ。そいつは女だけど」

「きっとヤケ酒シーズンなんだよ」

「ねえよそんなシーズン。そいつもお前も、結局、次に切り替えるしかないよ」

「でも俺の会社おっさんしかいないもん」

「まあ街コンでもなんでも……あっ」

「なに」

「お前って浮気しないよな」

「うん、しない、それだけは」

「昨日のヤケ酒の人、浮気しないならなんでもいいって言ってたから紹介するよ」

「えっ!?本当!?」

「うん、殺人鬼でもいいって言ってたし、いいだろ。これ、この子」

「え!ギャルっぽいけど可愛くね??……紹介してくれるの? あ、でも、いきなりは迷惑かなあ」

「会ってみないとわからないよ、有りなら行け!」

 

僕はすぐさま許可を取り、連絡先を送信した。

その場でLINEのやりとりをさせ、デートの約束を取り付けさせた。
少しお節介だったかもしれない。ただ、共通の友人である僕の目から見て、全く上手くいかないわけではなさそうだと思い、動いてしまった。

稲田の元彼女は二度と復活すること無いだろうから、上手くいこうがいかまいがさっさと切りかえられればいいと思った。稲田はルンルンで、飲み代を全部払ってくれ、機嫌良く解散した。

 

 

とりあえず僕の役目は果たした。
その時は、そう思っていた。

 

そんなことはなかった。

 

僕はただ、深淵の扉を、ノックしただけだった。

 

 

【第一章 -恋の終わり-】

 

仕事中、引き合わせた二人の事をふと思い出して、稲田に連絡を取ったらすぐに返事が来た。

 

「正直、お互い楽しくて上質な時間を過ごせた! 今は二回目のデートに向けて日程調整中!」

 

よかった。僕の目に狂いはなかった。

「何かあれば協力するよ」と返信し、ついでにルイさんに、「デート楽しかったらしいじゃん、何かおごってよ」とLINEした。

そこから、20秒くらいしか経ってないと思う。ルイさんから、すごい速さで返信が来る。

 

 

「色々有り得なかったんだけど、あの男なんなの?」

 

 

あれ???

お互いに楽しく上質な時間が過ごせたはずでは?

あまりに認識の差があるので、終業後ルイさんに電話をしてみたところ、ルイさんは怒ったような口調でまくしたてた。

 

「色々ありえなかった! 詳しく話したいからいつもの居酒屋来て!」

 

行きつけのモンテローザに行き、1人で水割りを飲んでいたルイさんと合流した。ヤケ酒で会った時よりはだいぶ落ち着いていたが、稲田の話になるとすぐにヒートアップした。

 

「まず、新宿でランチしようって言われたのよ」

「デートじゃん」

「前日マツエクしたり、結構気合入れて行ったの」

「いいじゃん」

「で、第一印象がさ、顔とか服の感じとか結構爽やかだったから、これで浮気とかしないんだ、いいなと思った」

「おっ」

「『おっ』じゃないから、待って。で、私も行きたい店あったんだけど、もし決めていたら悪いから、お店どうしますー?って聞いたのよ」

「うん」

「そしたら、『前から行きたい店があったんで、予約しました』って言われたの。リードしてくれて嬉しかった」

「おお」

「で、メイド喫茶に連れて行かれた」

「え? なんで?」

「私が一番混乱したわ」

「あいつ、メイド喫茶を予約したの?」

「なんか『いやー一度行ってみたかったんですよ』とか言ってた」

「頭おかしい」

 

「お絵かきオムライスってのを注文して、『これ自分で絵を描くんですか?』ってメイドさんに聞いてた」

「家でやれよ」

 

「で、店出て、ワリカンね、まあそこはいいんだけど、買いたいモノがあるから買い物に付き合ってって言われたの」

「なるほど、ここからがデートなのね」

「歯ブラシを新しくしたいとか言ってた」

「は?」

「で、コンビニのは嫌だとか言って、ドラッグストア探してたっぽいんだけど見当たらなくて、私も一緒に探して」

「なにやってるの」

「それで、結局ムラサキスポーツに入って行った」

 

「なんで? なんで?」

「店員さんに『歯ブラシどこですか』って聞いてて、『無いです』って言われてて、もう、めっちゃ恥ずかしかった!」

 

想像の2000倍くらい酷いデートをしていた。
後半、ただずっと、「申し訳無い」と思って聞いてた。

 

「あと会話も全然噛み合わなくて」

「どんな感じで?」

『ドラえもんは何で、いつも泣いているか知ってる?』とか聞かれた。泣いてなくね?

「泣いてないわ」

 

「本当にひどかった、千葉から新宿遠いのに……悪い人じゃないんだけどね」

「ちなみに稲田はお互い上質な時間を過ごせたとか言ってたよ」

 

ルイさんは呆れたように笑っていた。すごく申し訳なかったのでお会計は自分が払った。

 

「LINEがめっちゃくるから、なんか、こう、私がフェードアウト出来るように伝えてくれない?」

「そのうち察するんじゃない?」

「一応誰でもいいって言って紹介された身なんで、今のところちゃんと返事しつつ回避してるつもりなんだけど、気づいてもらえないのよ」

ひょっとしたら俺がキューピット的な感じになるのかなーとか思っていた自分を消し去りたい。稲田がこんなに無能だったとは。イタリアの話の時点で気付くべきだった。

 

日程調整中!とか言ってたけど、この分だと2回目のデートは無理だろう。僕は稲田に上手く伝えなくちゃいけないのか、そう思うと気が重い。

……ちょっと言い辛いからいっか、察するだろ! そう思って、放置した。

 

1週間くらいルイさんの督促を無視してたら、稲田から電話が来た

 

 

時計の針が一回動く間に、

1組のカップルが誕生しているのかもしれない。

稲田が成長しなくても、察せなくても、

時間だけは、過ぎていくのだ。

 

 

【第二章 -脈が無いのに生きている-】

 

稲田からの着信は、3回くらい無視していた。4回目、うるさいので電話を受けてしまった。あれは間違いだった。

 

「脈があるかないか、判断してくれないか」

 

ねえんだよ。って言いかかったが、自分が報告を放置した結果なのでちゃんと聞くことにした。

その上で、厳しいかもみたいに伝えればいいんじゃないかと閃いた。

「今からLINEのスクショを送るから、どう思うか教えて欲しい。俺はもう本気になっちゃったんだ」

デートした人間の感情が反比例している様が面白かった。稲田がこんなに本気になっているのは意外だが、もう脈は無い。

電話をつないだまま、稲田とルイさんのやりとりがドカドカと送信されてくる。

どれどれ、どんな感じで誘って、あしらわれているのかな。

 

 

 

 

 

 

!?

 

 

「一行目からよくわかんないんだけど、何コレ?」

「猫好きって言ってたから!」

「せめてペットショップ見るとか猫カフェとかでいいじゃん、最高に攻めても動物園だよ、何でいきなりこんなクライマックスに誘うんだよ」

「いやでも、猫好きって……」

「牧場は猫いねえんだよ」

 

 

「嫌がってるじゃん」

「これ嫌がってるの!?」

「大体そろそろって何だよ、何故お前の中で牧場の日が近づいてるんだ。どうして満を持してるんだよ」

「あとなんか避けられてる感じがするんだよね」

 

 

「どうやったらこんなにウザい文章思いつくの?」

「だって二人で会ってくれなそうで……でも、こんなに避けられる心当たりが無いんだよ」

「マジかよ、お前がしたデート思い出してくれよ」

「やっぱ脈ないよな」

「そう、だね、厳しいんじゃないかな」

「マキヤと話せてよかった、ありがとう。1つの結論に達したよ」

 

よかった。伝わったみたいだ
僕から伝えにくい事を言わなくて済んだ。察してくれた

 

「多分、ルイさんは、他にいい男がいるんじゃないかって、可能性を信じているんだよ」

 

 

「現状に満足しないタイプなんだ、あの子は、別れた悲しい過去……つまり後ろを振り返らないように、上を見続けてるんだ」

 

???

 

「だから、合コンを開く! そこで、すごいダメな男を連れていくよ!!」

 

?????

 

彼が何を言っているのか、ずっとわからなかった。無言の僕に、稲田は順を追って説明してくれた。

ルイさんは歯科助手だ。女だらけの職場で働いている。彼女の30歳付近の先輩方は合コンを開け開けと、男を紹介しろしろと毎日のように詰め寄り、ルイさんはそれにうんざりしているらしい。

稲田は、そこに付け込んだ!

1.複数なら会ってくれる→合コン
2.ルイさんは立場的に先輩に出会いの場を提供する必要がある→WINWIN
3.そこで自分が良いところをアピールしまくる
4.他の男は選りすぐりのダメなやつを連れて行く

壮大な稲田計画が発表される。徹底的に自分のことしか考えていないプランニングは、ある種の清々しさすら感じられた。3が鬼門だと思う。

まあ頑張ってくれと伝え、僕は眠りに就いた

 

 

 

数日後、我が目を疑うLINEが来る

嘘だろ。そもそも何で俺がデフォルトで参加する事になっているんだ。

その場にいた同僚に、ただでご飯が食べれる仕組まれた合コンに参加してくれと伝え、了承をもらった。何故僕がこんなに稲田の為に動いているのか。自分のモチベーションがよくわからなくなってきた。

 

【第三章 -血の合コン-】

トレンディドラマが好きだ。
聞いてる方が恥ずかしくなるような歯の浮いたセリフに、やけにオシャレな店の数々、どこか明るい日本の雰囲気が好きだ。

友達が悪役を演じるなんて、古典的な手法も出てくる。主人公がヒロインを守り、二人の恋は進展していく。まさかそれに近い事を、2017年にやろうとしている奴がいるとは思わなかったけど。

 

合コン当日

絶対に打ち合わせが必要だという稲田の強い希望により、男性陣は少し早くドトールに集められた。

軽く自己紹介をし、今回の流れを同僚に再度説明する。ダメな奴のフリはしなくていいと伝え、まあ普通に無料で飲み食いしようと話した。

 

適当な話し合いの結果、テーマは「稲田をルイさんに男として意識させること」に決まった。現状全くそう見られていないので、まずそこからスタートする必要があった。

具体的にどうするかという打ち合わせはほとんどしなかったが、1つだけ「全員に、好きなタイプは?って聞くから、回答をルイさんに寄せろ」とだけ話した。ルイさんそんな感じじゃーんみたいな感じで、まず自分が好みだと意識させる。後はなるべく稲田とルイさんが沢山話せるようにすればいいんじゃないか。

じゃあそんな感じで、と、開始時間までドトールでゆっくりしていた。

コーヒーが冷める頃、稲田が素っ頓狂な事を言い出した。

 

「俺、合コンでやってみたい事が1つある。ドラマで見たんだけど、ジョッキの取っ手をさ、好みの人に向けるやつ。これで、誰が誰を狙っているか、話さなくてもわかるんだよ!」

 

それはただ君がルイさんに取っ手を向けるだけだ。飲みにくいだけだ。

俺らはそういうの無いから、君の為の席だからと伝えたところ、同僚が反応した。

「そのルイさんが連れてきた2人がいい感じだったら、そっちは行っちゃってもいいんでしょ?」

それは全く問題無いよと答えた。

ルイさんの働く歯医者が地元で「ブスデンタル」と呼ばれている事は黙っておいた

 

 

開始時間が近づき、稲田がソワソワし始める

「これ、もしワンチャンとかあったら……」

 

ねえよ!!!

 

 

 

少しオシャレな居酒屋の個室に到着した。稲田が店を予約していないと知った時は心底驚いたが、ちょうどいい店が空いていて本当に良かった。

「遅くなってすみませーん」

女性陣が入ってきた。ブスデンタルの名に偽りはない。

 

とりあえずドリンクをオーダー。稲田は梅酒ロックを注文した。

コイツさっきジョッキで何かやりたいとか言ってなかったっけと思いながら、ジョッキのくだりの為に注文した苦手なビールを飲んだ。

 

適当に自己紹介しつつ、適当に話をする時間。同僚は出来る奴なので、ちゃんと全員と話を振っている。稲田は持ち前の人見知りを存分に発揮し、完全に無言を貫いていた。

これでは目的が果たせないので、質問を全員にする流れに持っていった。わりと興味ないが、ちゃんと打ち合わせ通り「好きなタイプは?」と全員に聞いた。

「浮気しない人! あと、しっかりしてる人かな」

彼がよほどトラウマになったのだろうか、ルイさんの条件に1つ加わっていた。

 

「稲田、好きなタイプは?」

仕組まれた質問を振る。さあ、ルイさんの見た目でも性格でもいい、寄せて答えるんだ!

 

 

 

 

 

 

「オードリー・ヘップバーンっぽい人かな」

 

 

どんな人だよ。いないよ。

何の為に僕らは早めにドトールに集められたんだ。

あの時間なんだったんだ。

 

その後も、盛り上がることも盛り下がることも無く、ダラーっと時間が過ぎていった。とりあえず稲田とルイさんは隣同士にすることは出来た。稲田が身振り手振りでめっちゃつまらない話(スノーボードを買いに行って一番軽い奴くださいって言ったらスノーボードのオモチャを渡された話)をしていた。

僕の隣には頬骨が凄くアンパンマンみたいになってる人(30歳)が来た。アンパンマンみたいだなーと思っていたら

「私アンパンマンに似てるって言われるんですよー」

とか言って来たので、多分この人はいい人だ。

 

小さい声でアンは僕に言う。

「稲田くんってルイさん狙ってるのかな? すっごい話してる、さっきあんなに静かだったのに」

鋭い。びっくりした。女性陣にバレるのは得策じゃない気がして、「たまたま隣になったからじゃないですかね!」と答えたら、「そっかー、ふーん」との返答。まさか、この人稲田を……? いやいや。

その後アンパンは「私は一緒に飲んだら誰とでも寝がち」という核爆弾みたいな発言をしてきたので、完全に面食らってしまって「はいっ?」みたいな返答しか出来ず、気まずい沈黙になった。

 

そんな沈黙を切り裂くように、稲田が声を上げた

「このメンバーで牧場行きましょうよ!!!」

 

まだ牧場諦めてなかったのか。

パンが即座に「いきたーい!」と反応する。この人、稲田に好意的だな、寝ちゃうんじゃないか。

僕らは「仕事が休めれば行きたいですねー!」「3月は忙しいからなー行けたら是非!」なんて予防線を張ってやり過ごした。

 

稲田を見ると、おしぼりでバナナを作って、ルイさんにプレゼントしてた。

なんでそんなことするんだよって思った。

ルイさんは完全に困った顔をして、稲田はちょっとドヤ顔をしていた。

なんでそんな顔が出来るんだよって思った。

 

ダラダラと会話をし、不毛な2時間も終わりを迎える。

2人は多少仲良くなってるっぽいし、まあ、よかったんじゃないか。

 

「男子5000円、女子3000円で!」

稲田が会計を回収する。稲田が全額出す取り決めだが、とりあえず女性陣への見せ方的に僕らも支払って後で返ってくるパターンかと思ってたら、そのまま駅で稲田が帰っていこうとしたので、かなり強めに回収した。僕と同僚が2次会を凄く断ったので、21時くらいに解散となった。

 

紹介してしまった負い目から手伝ってきたが、やはり結構疲れた。2人がうまくいくかどうかはわからないが、もう出番はないだろう。

ホッとしたような、少し寂しいような、そんな気持ちで眠りに就いた。

 

 

常識とは、人生の中で形成されるもので、内容は個々に異なる。だから一般常識なんて呼び方で「これはこういうものだよね」という常識が形作られていき、成人する頃には身に付いている。

 

ただし、常識で測れない人間というのは存在する。

あの合コンの2時間で、稲田の最終計画が芽を出していた事に、僕は気づかなかった。

 

 

 

【第四章 -闇牧場-】

メルセデス・ベンツ

高いデザイン性と安全性で、高級車の代名詞ともいえる存在だ。TVでしか見たことが無い、金持ちを象徴するような車。

そんな車が今、自分の家の前に停まっている。朝から目眩でクラクラする。僕はこれからこの車に乗って、那須りんどう湖牧場まで向かう。

運転席では、謎の青いサングラスをした稲田が僕を見てニカッと笑う。後部座席にはルイさんが、不安そうな表情で佇んでいた。なんで助手席に乗せなかったんだ。

 

話は少し遡る。

あの日、合コンのグループLINEみたいな物が作られた。全員が「ありがとうございましたー」しか発言しない無駄な物だったので、すぐに通知オフの設定をした。

その中で、「来週の日曜!皆で牧場に行きたいと思います!」と、稲田が発言した。通知をオフにしてたからすぐに気付かなかった。

しばらくして同僚がグループを退会した。とても正しい選択だったと思う。「いこー!」とアンパンが発言し、もう1人の女性は仕事でNGだと答えた。僕は発言しなかった。もうこの2人で行ってこいよと思ってた。ルイさんもムーミンが頬杖をついている謎のスタンプでお茶を濁してた。

 

そして昨日、僕宛てに「牧場明日だよー!」と来たので、無視した。

 

早朝、インターホンが鳴ったので出たら、稲田がベンツで乗り付けていたのだ。

どうも稲田は車でルイさんを迎えに来て、家が近いから僕の家に寄ったらしい。そしてアンパンは高熱で来れないという事だった。

いや、俺いらないじゃんって断ろうとしたら、ルイさんが「お願いだから来て」と言ってくる。先輩であるアンパンが乗り気なので参加したが、まさか当日来ないとは思わず、家まで車で来てもらっている手前断り辛かったそうだ。僕は色々諦めて、着替えてベンツに乗り込んだ。

 

途中コンビニに寄り、ルイさんがトイレに向かった。僕は朝からずっと気になっていた疑問をぶつけた。

「……このベンツどうした」

「レンタカーで借りた」

「いくらするの?」

「90,000円くらい……」

「9マン!? バカじゃねえの!?」

「アンパンマンさんが、ルイさんは高級車に憧れてるってLINEで教えてくれて……」

「そうなの? えっアンパンマンとLINEしてたの? でも9万って」

疑問が止まらない。

「ルイさんには自分の車ってことにしてるからレンタカーって内緒な!」

 

別に俺が黙ってるのは構わないんだが、このベンツはキーを刺すタイプではなくちょっと特殊で、コンビニから出るのに10分くらい手こずっていた。多分、隠し通すのは無理だろう。

自分が運転する可能性もあるということで、一旦自分の免許を登録しにレンタカー屋付近まで行って、そこからまた出発したので2重3重に怪しいベンツとなった。

 

ラブベンツは、東北自動車道を北上する。稲田の運転は荒く、凄く車内がガタガタする。一般道に入れば、同じ車線を走る自転車がある度に反対車線まで避けるというヘブンズドライブをかましてくる。牧場に着いて8回くらい駐車をやり直し、車は少し斜めに停まった。ベンツで運転下手だとすごいダサいって事を学んだ。

ただルイさんはどこか上機嫌で、もしかしたらベンツの効果があったのかもしれない。

 

天気は快晴で、広々とした牧場の景色は気持ちいいものがあった。牧場というと汚い場所を想像していたがとても綺麗で、嫌な臭いも場所によっては全く無くて、爽やかな場所だった。稲田とルイさんは完全にテンションが上がっていて、「どこから回る?」「えーここ行きたい」なんて話をしていた。

とりあえず飯にしようということになり、雄牛とかのコーナーを巡ってからレストランにて昼食を摂る。雄大な自然の中、雄牛を見た後に食べるステーキは格別だった。

その後、アイスクリームの作成体験みたいなのがあって、3人でやってみたら相当美味しいアイスが出来て楽しかった。適当に牧場を見て回る際も、稲田とルイさんはキャッキャと楽しんでいた。もしかしたらこの牧場という選択は良かったのかもしれない。

 

2人は「ふれあいコーナー」に行くと言っていた。動物好きじゃないし、邪魔になっちゃうかなと思って、お腹が痛いふりをして離脱した。

 

しばらく1人でフラフラして、喫煙所で休憩していたら稲田が来た。

「いやーほんとありがとな、楽しいわ」

「よかったよ。牧場って思ったより悪くないね、気持ちいいわ」

「いいよな! でさ、1つ頼みがあるんだ」

「なによ」

「18時から、イルミネーションクルーズってのがあるらしいんだ。船に乗って、イルミネーションを見るみたいなやつ。俺、もうそこで決めに行こうと思うんだよね」

「え、告白するの??」

「今日がラストチャンスだと思うんだ。多分もう、2人で会ってくれないだろうし、だからせめて最後に、一番良いシチュエーションで、好きだって事だけ伝えたいんだ!」

「そうか……! 出来ることなら、協力するよ」

 

真っ直ぐな稲田の想いに、少し心が動いてしまった。ここまできたら俺も上手くいってほしい。出来ることなら協力する、2人っきりでクルージング出来るように、俺は船に乗らないとかだろう。全然構わないよ。

 

「ホントに!? ありがとう。ここまでこれたのも本当にマキヤのおかげだよ」

「いいよ別に。で、頼みってなんだよ」

「ほんと、凄く言い辛いんだけどさ……」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が俺からベンツのキーを奪って、1人で千葉に帰ったって事にしてくれないかな?」

 

 

 

 

どうしてそんなことになるの??

 

 

2人きりになりたいにしてもやり方が派手すぎる。

 

「実はあのベンツ、あと3時間で返さなきゃいけないんだ」

3時間……今出発してもギリギリくらいの時間だ。本来であればもう出なければいけない。

「でもそれだと、クルーズが出来ない」

「延長とか出来ないの?」

「1時間10000円くらいかかるんだあれは、無理だ、払えない」

何でそんなの借りたんだよ。

「だから、返してきてほしい。俺はクルージングで、決めてくるよ!!」

 

稲田は、真っ直ぐな目をしていた。コイツは自分がとんでもない事を言っているとわかっていない。猟奇殺人鬼は自分のしている事を悪だと思っていないという話を思い出した。殺人鬼なりの正義があって、自分は正しいことをしている、正しい選択をしていると思い込んでいるから、つまり、一般常識から見て狂っているから、大量に人が殺せるらしい。よかったなルイさん、お望みどおりの殺人鬼だ。

 

「お前らどうやって帰るんだよ」

「駅までいけばなんとかなるよ、電車でも2時間くらいだし、むしろそっちの方が楽しいかも」

うまくいく前提で話す稲田に背筋が凍る思いがする。俺はコイツに何を言っても、無駄なんだろう。

 

ルイさん、ごめん……

 

「……わかった。でもキーを奪ったみたいなのはやめて、普通に返しに行ったと伝えて」

「わかった! ありがとう!」

 

多めに金を受け取り、財布に入れる。

「マキヤ!」

おもむろにベンツのキーが投げられる。慌ててキャッチした。

「ベンツを頼むね! ……行ってくる!」

稲田は最後に、爽やかな笑顔を見せた。

この瞬間だけは、大好きなトレンディドラマの様だった。小さくなっていく彼の背中を見て、色んな不安が頭に浮かんだ。

 

不安をかき消すように、駐車場に走った。

 

 

 

日曜夜の東北自動車道上りは、そこそこに混んでいた。ベンツを運転するのは初めてだったが、ハンドルやスピードの運びがものすごくスムーズで驚く。稲田はなんでこの車であそこまでガタガタさせることが出来たんだろう。

途中お腹が空いたのでラーメン屋に寄った。そこで初めてスマホを見た。

 

見なかったことにした。そして多分稲田ダメだったんだろうなと察した。
これは予想なんだけど、アイツは俺がベンツを奪った事にしている気がする。

 

ギリギリ返却時間の20時には間に合った。お金も足りた。

帰りの電車でスマホを開くと、おびただしい数の通知が来ていた。ルイさんの方は怖くて開けなかったので、稲田の画面を開いた。

 

 

(笑)を打てる神経が凄い。何でバス使わなかったんだ。もっと近くの駅無かったのか。ルイさん1時間半歩いたのか。

結局、23時半くらいに最寄りに着いて解散したと聞いた。そこから僕は、烈火の如くブチ切れてるルイさんに電話で謝罪した。

やはりベンツの強奪犯に仕立て上げられていたのであれはレンタカーで返却時間の関係で稲田に依頼されたのだと説明した。ルイさんは泣きそうな声でこう言った。

 

「レンタカーだってなんとなくわかってたけど、私のためにそこまでしてくれたってのは、嬉しかった」

「最後が本当に最悪だったけど、牧場自体は楽しかったな」

 

真っ直ぐな想いを向けられて嫌な人は、そんなにいないのかもしれない。

もし稲田に初回の悪印象が無ければ、もしかしたらもしかしてたかもしれない。稲田が本当にヤバイ人間だと気付かず、紹介してしまった事を後悔したりもしていたが、やり方が狂っていたが、稲田は彼の常識の中で、最高の手を打ったのかもしれない。

ベンツを借りたり、友達を巻き込んで飲み会や遊びを計画するくらい好きな人なんて、人生のうちにどれだけ出来るのだろう。何故だか稲田のことが、少し羨ましくもなってしまった。

 

「何か結果的にさ、2人を紹介して良かったのかもしれないね」

 

少し感傷的になって、電話口でルイさんにそう告げた。

 

 

 

 

「いやよくねーよ脚パンパンだわ! ベンツで帰りたかったわ!

 

 

 

そうですよね。

 

 

【最終章 -それから-】

 

スマートフォンを見て、少し笑みが漏れた。

 

人は、自分と同じレベルの異性と付き合うという説がある。

外見、内面、ステータス、年齢、それらを均して、同じくらいの人同士が付き合うらしい。

お金持ちと美人、野球部のエースとちょっと可愛いマネージャー、狩野英孝と加藤紗里、思いつくカップルのほとんどは、レベルが同じに見えなくもない。

学生時代の「何でお前とあの美人が!?」みたいなカップルだって、男がめちゃくちゃ良い奴だったりしたもんだ。

 

そういった意味で言えば、今回は少し、レベルが合っていなかったのかもしれない。

稲田はサイコ野郎で、ルイさんは失恋直後でおかしくなっていたがそれなりにまともな人だ。誠実でまともな男性と付き合っていても何ら不自然は無い。

良い人と結ばれたいのなら、まずは出会い云々よりも、自分自身のレベルを上げなくちゃいけないのかもしれない。その過程で出会えたりするのかもしれない、それはまるで、ドラマのように。

 

そんな事を思った、濃密な一ヶ月だった。

 

 

 

 

 

 

画面には、アンパンマンと稲田のツーショットが映し出されていた。

 

 

~fin~

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